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大阪地方裁判所堺支部 平成3年(ワ)724号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告X1に対し三〇六八万三二八八円、同X2に対し二八五八万七三三八円及び右各金員に対する平成二年一一月一七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)

1  主文同旨

2  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

訴外亡A(以下「亡A」という。)は、平成二年一一月一六日午後八時三〇分ころ、大阪府松原市〈以下省略〉のB方南側の農業用用水路(以下「本件用水路」という。)に接する松原市道(以下「本件市道」という。)を自転車に乗つて東進中、本件用水路の無蓋側溝部分(以下「本件側溝」という。)に自転車もろとも転落し、その結果、頭部打撲による脳挫傷により死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  被告らの責任

(一) 被告国は、本件用水路の所有者であり、かつ、本件用水路の設置・管理者である。被告松原市は、本件市道の設置・管理者であるとともに、本件用水路の管理者である。

(二) 本件事故は、次に述べるように、公の営造物である本件市道及び本件用水路の設置及び管理の瑕疵に基づくものであるから、被告らは国家賠償法二条一項により後記損害を賠償する義務がある。

(1) 本件事故現場付近は、田園地帯の中にある住宅地であり、近くにはマンシヨンや一戸建住宅が並んでおり、本件事故発生当時、本件側溝の近くに照明設備はなかつた(本件事故現場から少し離れた所に地元自治会が設置した街灯があつたが、本件事故発生当時は点灯されていなかつた。)。

(2) 本件市道の幅員は、本件事故現場付近において約一・五メートルであり、本件用水路は場所によつては蓋で覆われていたが、本件側溝部分は、幅約七〇センチメートル、長さ約二メートルにわたつて開いており、その深さは約九〇センチメートルであつた。

(3) 本件事故現場は、本件市道と南北に通じる道路(以下「南北道路」という。)とがT字型に交差する交差点(以下「T字型交差点」という。)を北から東へ左折した直後の場所であるにもかかわらず、本件市道と本件側溝の縁との間には特別な段差は設けられておらず、また、ガードレール、フエンスその他の転落防止設備は一切なかつた。

(4) 本件側溝は転落の危険性がある施設であつたから、本件市道及び本件用水路の設置・管理者は、本件市道の利用者が本件側溝に転落しないよう転落防止施設を設ける等の安全対策を講ずべき義務があつた。しかるに、被告らは、本件側溝及び本件市道について何ら転落防止施設を設置せず、右転落の危険性をそのまま放置していたから、本件市道及び本件用水路の設置及び管理に瑕疵があつたというべきである。

3  損害

(一) 亡Aの逸失利益 三二一七万四六七六円

亡A(昭和八年○月○日生)は、本件事故発生当時、五七歳の健康な男子であつて、訴外a株式会社に勤務し、平成元年における年収額は四六八万〇一五八円であつたから、本件事故に遭遇しなければ、七〇歳まで一三年間は就労可能であつて、その間右と同程度の収入を得ることができた。そこで、右年収額を基礎として、その三割を生活費として控除し、右就労可能年数に対応する新ホフマン係数九・八二一により中間利息を控除すると、亡Aの逸失利益は、次の計算式のとおり三二一七万四六七六円となる。

4,680,158円×(1-0.3)=3,276,110円

3,276,110円×9.821=32,174,676円

(二) 原告らの相続

原告X1(以下「原告X1」という。)は亡Aの妻であり、原告X2(以下「原告X2」という。)は亡Aの養女である。

原告らは、亡Aの妻、子として、亡Aの右損害金の二分の一に当たる一六〇八万七三三八円をそれぞれ相続により取得した。

(三) 原告らの慰藉料 合計二〇〇〇万円

原告らは、本件事故により、夫或いは父を失い、甚大な精神的苦痛を被つた。右精神的苦痛を慰藉する金額としては、各自一〇〇〇万円が相当である。

(四) 葬儀費用 二〇九万五九五〇円

原告X1は、亡Aの葬儀費用として、二〇九万五九五〇円を支出した。

(五) 弁護士費用 合計五〇〇万円

原告らは、本訴の提起、遂行を原告ら訴訟代理人に委任した。これに要する弁護士費用のうち、原告ら各自について二五〇万円は被告らに負担させるのが相当である。

(六) 原告らが取得した損害賠償請求権の額

以上により、原告らが被告らに対して有する損害賠償請求権の額は、原告X1について三〇六八万三二八八円、原告X2について二八五八万七三三八円となる。

4  結論

よつて、原告らは、被告らに対し、国家賠償法二条一項に基づき、原告X1について三〇六八万三二八八円、原告X2について二八五八万七三三八円及び右各金員に対する本件事故発生の日の翌日である平成二年一一月一七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を各自支払うよう求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び主張

(被告国)

1 請求原因1の事実のうち、本件事故発生時刻及び亡Aが自転車で本件市道を東進中に本件用水路に転落したことは知らないが、その余は認める。

2 請求原因2について

(一)の事実のうち、被告国が本件用水路を所有していることは認めるが、被告国が本件用水路の設置・管理者であることは否認する。

(二)の冒頭記載の主張は争う。

(二)(1)の事実のうち、原告ら主張の街灯が本件事故発生当時点灯されていなかつたことは知らないが、その余は認める。

(二)(2)の事実のうち、本件用水路が本件事故現場付近において所々蓋やコンクリートで架橋されていたが、本件側溝は開渠となつていたこと及び本件側溝の深さが約九〇センチメートルであることは認めるが、その余は否認する。

(二)(3)の事実は認める。

(二)(4)の主張は争う。

3 請求原因3の事実のうち、亡Aが昭和八年○月○日生まれの男子であること及び原告らと亡Aとの身分関係は認めるが、その余は知らない。

4 被告国の主張

(一) 一般に、道路が用水路に接して設置されているときに、当該道路を通行する車両や歩行者が道路から逸脱して用水路に転落することが通常予想され、道路通行者の安全の確保のため、当該道路から用水路への転落を防止する措置を講じなければならない場合には、瑕疵の存否を問題とすべき営造物は道路であつて、用水路ではないことが明らかである。亡Aの死亡原因は不明であるが、原告らにおいて、亡Aが自転車で本件市道を走行中本件用水路に転落して死亡したと主張する本件においては、本件用水路の設置、管理の瑕疵の問題とはならず、本件市道の設置、管理の瑕疵の存否のみが問題となる。したがつて、本件用水路の設置、管理の瑕疵を理由とする原告らの被告国に対する本訴請求は失当である。

(二) 仮に、設置、管理の瑕疵の存否を問題とすべき営造物が本件用水路であつたとしても、被告国は、本件用水路の所有者ではあるが、国家賠償法二条一項の設置・管理責任の帰属主体ではない。

本件用水路は、被告国によつて設置されたものではなく、明治初期の地祖改正時前から、農業用灌漑用水のために存在していたものであつて、その後、太政官布告等法令の規定により被告国の所有となつたものである。本件用水路は、国有財産法二条一項にいう国有財産たる法定外公共物に属するものであり、その財産管理は、同法九条三項、同法施行令六条二項、昭和三〇年建設省訓令一号同省所管国有財産取扱規則三条により、大阪府知事に機関委任されている。

そして、国有財産法に基づく用水路の管理は、主として不動産としての財産的な管理にとどまり、法定外公共物の維持すなわち用水路としての流水の管理等の機能管理に相当する維持、修繕、改良等の管理を予定していないから、国から機関委任を受けた大阪府知事が行う管理事務の範囲も、本件用水路の底地としての財産管理にとどまり、用水路としての管理を含んでいない。各行政区域内の法定外公共物の機能管理については、地方自治法二条 三項二号、四項に基づいて、当該地方公共団体がその固有事務として管理責任を負つている。本件用水路についても、被告松原市がその管理責任を負つているのであつて、被告国は、本件用水路の底地所有者にすぎず、用水路としての機能維持・管理責任を負つていないから、国家賠償法二条一項に基づく責任を負うものではない。

(三) 仮に、被告国が、本件用水路に関し、国家賠償法二条一項の管理責任の主体であるとしても、本件用水路は、用水路として通常有すべき安全性を備えており、その設置又は管理に瑕疵はなかつた。

すなわち、国家賠償法二条一項にいう公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、当該営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、設置又は管理に瑕疵があつたとみられるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して、具体的、個別的に判断すべきである。

本件市道は、約二・七メートルの幅員を有し、車両や歩行者の通行量はさほど多くなく、主に近所の住民が利用していた。本件用水路は、深さ約九〇センチメートル、幅約九〇センチメートルであるが、全長が長く、農業用水路としての利用の観点から基本的には開渠としていた。本件事故現場付近では、本件用水路を挟んで本件市道に接する住宅からの出入りのために、本件用水路上の通行に必要な部分に蓋やコンクリートで架橋していた。本件事故現場は、右のように本件市道への出入口として架橋されていた部分の横に開いていた長さ約一六〇センチメートルの開渠部分であつた。本件用水路に開渠部分はあつたものの、本件市道の見通しは良く、通行車両や歩行者が本件市道を通常に通行する限り、通行車両或いは歩行者が本件市道から開渠部分に転落する危険性はなかつた。また、本件事故現場は、T字型交差点から約三メートルの位置にあるが、自転車で右交差点を曲がつても、その速度如何にかかわらず本件側溝に転落するおそれはなく、通常の通行をする限りは転落防止設備がなくても危険性はなかつた。本件用水路の付近に住宅も建つているが、その周辺には田畑が多く、本件用水路は主に農業用水路として整備されていた。

右にみてきた本件用水路の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮すれば、本件用水路は、用水路として通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない。

(被告松原市)

1 請求原因1の事実のうち、亡Aが自転車とともに本件側溝内で発見された(その時刻は、平成二年一一月一七日午前六時三〇分ころであつた。)こと、そのとき亡Aが既に死亡していたことは認めるが、その余は知らない。

2 請求原因2について

(一)の事実のうち、被告松原市が、本件市道の設置者であり、かつ、本件用水路を雨水、生活用水の排水路として管理していることは認める。

(二)の冒頭記載の主張は争う。

(二)(1)の事実のうち、原告ら主張の街灯が本件事故発生当時点灯されていなかつたことは知らないが、その余は認める。

(二)(2)の事実のうち、本件用水路が本件事故現場付近において所々蓋やコンクリートで架橋されていたが、本件側溝は開渠となつていたこと及び本件側溝の深さが約九〇センチメートルであることは認めるが、その余は否認する。

(二)(3)の事実は認める。

(二)(4)の主張は争う。

3 請求原因3の事実のうち、原告らと亡Aとの身分関係は認めるが、その余は争う。

4 被告松原市の主張

本件市道は、歩車道の区別がなく、幅員は約二・七メートルであるが、その南側に民家の塀があるため現実の幅員は約二・三メートルである。本件側溝は、本件市道の北側にあり、幅約九〇センチメートル、長さ約一六〇センチメートル、深さ約九〇センチメートルで、本件事故発生当時水量はほとんどなく、規模は小さかつた。沿道の民家からの明かりにより、薄暗くはあつたが闇夜の如き情況ではなく、亡Aの自転車も正常に点灯していたし、同人は、犬の散歩のために本件市道をほとんど毎日通つていたから、本件側溝の存在及びその位置、これに防護柵がないことを十分認識していた。また、本件市道は車両の通行量も少なく、亡Aが本件側溝脇をかすめて通行しなければならなかつた事情も見当たらず、本件市道の中央部を走行する限り本件側溝への転落の可能性は全くなかつた。さらに、被告松原市の市域は、その全体がもともと農業地帯であつて、農業用水路がくまなく張り巡らされていたところに、近年になつて住宅が建築されたもので、防護柵のない側溝が被告松原市の市内全域に数多く存在する。そうであるから、用水路の存在、防護柵の有無の認識は、市民に日常的に要求される注意義務というべきものであり、被告松原市は、市民が日常的、一般的な右注意義務を尽くして通行することを前提に道路の安全性を確保すれば足りるというべきである。

したがつて、本件市道の設置及び管理に瑕疵はなかつたというべきである。

三  仮定抗弁(過失相殺―被告ら共通)

亡Aは、夜間、犬を放した状態或いは自転車に繋いだ状態にして、犬の散歩をさせ、自らは自転車に乗つて犬と併走するという危険な行動をしていたところ、何らかの原因で自転車のハンドルを取られて本件側溝に転落したものと推測されるから、同人には、本件事故の発生について重大な過失があつた。

したがつて、仮に本件事故の発生について被告らに責任が存するとしても、損害賠償額の算定にあたつては、過失相殺として相当額の減額を行うべきである。

四  仮定抗弁に対する認否

仮定抗弁事実は争う。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生について

請求原因1の事実のうち、亡Aが大阪府松原市〈以下省略〉のB方南側の本件側溝に自転車もろとも転落し、その結果頭部打撲による脳挫傷により死亡したことは、原告らと被告国との間において争いがなく、本件事故発生現場が大阪府松原市〈以下省略〉のB方南側の本件側溝であること及び本件事故の結果亡Aが死亡したことは、原告らと被告松原市との間において争いがない。

成立に争いのない丙第三ないし第六号証、丙第七号証の一ないし二七、丙第八、第九号証、丙第一一号証及び丙第一三号証、原告X2及び同X1の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、以下の認定に反する証拠はない。

(1)  亡Aは、平成二年九月ころから、毎日の日課として朝と夜の二回飼い犬(シエツトランドシープドツグ)の散歩をさせていた。散歩のコースはほぼ決まつており、自宅からその南方にある本件市道に出て、これを西進して本件事故現場の横を通り、T字型交差点を北に曲がり、同交差点の北西にある児童公園付近で飼い犬を遊ばせた後、さらに北方にある府道まで出て、これを東進したうえ南に曲がつて自宅に戻るという全行程約三〇分程度のものであつたが、右と逆の道順で散歩させることもあつた。夜の散歩については、亡Aは、帰宅直後自転車に乗つて出掛け、飼い犬をロープに繋ぐことなく、放したままの飼い犬と自転車が併走する形で散歩させるのが常であつた。

(2)  亡Aは、平成二年一一月一六日午後七時すぎころ、自宅に電話をかけ、「これから帰る。」旨原告X2に告げた。原告X1は宿直勤務のために不在であり、原告X2も同日午後七時一〇分ころ外出したため、それ以後原告ら方は留守であつた。

原告X1は、同日午後八時ころ勤務先から自宅に電話をかけたが、誰も出なかつた。なお、亡Aは自動車で通勤しており、勤務先と自宅とは自動車で約二〇ないし三〇分かかる距離にあつた。

(3)  原告X2が翌同月一七日午前四時ころ帰宅すると、屋内で飼つている飼い犬が首輪を付けたまま自宅の外にいて、亡Aは不在であつた。原告X2は、亡Aが飼い犬を連れて散歩に出て、飼い犬だけが先に帰宅したものと考え、暫時待つていたが、亡Aは帰宅しなかつた。不審に思つた同原告は、叔父にあたる訴外Cに連絡し、二人で亡Aの平素の散歩コース付近を探したところ、同日午前六時三〇分ころ、本件側溝内で亡Aを発見した。亡Aは、頭を東に顔を南に向け、うつ伏せの姿勢で、背中に自転車の前輪(自転車の向きも東向きであつた。)が乗つている状態で発見され、既に死亡していた。死因は頭部打撲による脳挫傷と判断され、頸椎損傷の疑いもあつた。なお、亡Aが前夜の帰宅後食事を摂つたりした形跡はなかつた。

(4)  松原警察署の捜査官による本件事故現場付近での聞き込み、実況見分等の結果、亡Aが何者かと争つたり、交通事故に遭つたという形跡はなかつた。

以上の事実によると、亡Aは、平成二年一一月一六日の夜、勤務先から帰宅した直後に飼い犬の散歩に出掛け、その途中、飼い犬を放したまま自転車に乗つて本件市道を東進中、何らかの原因で誤つて本件側溝に転落したものと推認することができる。

二  被告らの責任について

1  請求原因2(一)の事実のうち、本件用水路が被告国の所有であることは、原告らと被告国との間で、また、被告松原市が本件市道の設置者であるとともに本件用水路の管理者であることは、原告らと被告松原市との間で、それぞれ争いがない。

2  被告国の責任について

(一)  本件のような道路から用水路への転落事故は、用水路の設置、管理に関係がないとはいえないから、本件において、瑕疵の存否を問題とすべき営造物は、道路であつて用水路ではない旨の被告国の主張(前記 被告国の主張(一))は採用できない。

(二)  証人Dの証言及び弁論の全趣旨によれば、本件用水路は、明治初期の地租改正前から農業用潅漑用水のために設置されて存在していたもので、明治初期の太政官布告等法令の規定により被告国の所有となつたものであり、建設省所管の国有財産であるが、河川法の適用、準用を受けない普通河川であつて、いわゆる法定外公共物であることが認められる。そして、本件用水路の管理については、国有財産法九条三項、同法施行令六条二項に基づき、建設省所管国有財産取扱規則三条により、大阪府知事に機関委任されているところ、前掲証人Dの証言によると、大阪府知事のなしている本件用水路の管理は専ら財産としての管理であつて、その機能維持に関する管理は行つていないことが認められる。

法定外公共物の管理には、財産管理(不動産としての財産的価値の管理)と、機能維持管理(直接公衆の利便に供される公共用物としての機能を維持するための管理)とがあるところ、国有財産法は、国有財産に対する財産管理の面からの規制(公共用物の所有権の範囲や境界の確定、使用収益の許否等)が中心であること、法定外公共物の利用、管理が地域住民の生活と密接な関係を有していることから、地方自治法は、法定外公共物の機能維持管理を、住民の福祉を増進するため、当該法定外公共物が存在する市町村の固有事務として予定していると解されることに照らせば、国から機関委任を受けている都道府県知事の法定外公共物の管理は、財産管理にとどまり、法定外公共物の機能維持管理については、地方自治法二条二項、四項に基づいて、当該法定外公共物の存在する市町村がその管理責任を負つていると解するのが相当である。

以上により、被告国は、本件用水路の設置者ではなく、本件用水路の底地の所有者にとどまり、かつ、本件用水路の機能維持管理責任を負つておらず、また、本件用水路について機能維持管理を被告国が事実上行つていることも認められないから、本件用水路について国家賠償法二条一項の営造物責任を負わないというべきである。

3  被告松原市の責任(本件用水路の管理及び本件市道の設置又は管理の瑕疵の有無)について

(一)  国家賠償法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい(最高裁判所昭和四五年八月二〇日第一小法廷判決・民集二四巻九号一二六八頁参照)、右瑕疵があつたとみられるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきものである(最高裁判所昭和五三年七月四日第三小法廷判決・民集三二巻五号八〇九頁参照)。

(二)  成立に争いのない丙第一四号証、証人Eの証言により真正に成立したものと認められる丙第一五号証及び丙第一六号証、前掲証人Eの証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる丙第二六号証、撮影対象については争いがなく、前掲証人Eの証言によつて平成二年一一月一九日に撮影されたものと認められる検丙第一ないし第九号証、撮影対象については争いがなく、弁論の全趣旨によつて平成五年五月に被告松原市の職員が撮影したものと認められる検丙第一〇ないし第二四号証、前掲証人Eの証言及び原告X2の本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる(なお、本件事故現場付近が、田園地帯の中にある住宅地であり、近くにはマンシヨンや一戸建住宅が並んでいること、本件事故現場には、本件事故発生当時、照明設備がなかつたこと、本件用水路が本件市道に接して設けられていること、本件用水路は本件事故現場付近において所々蓋やコンクリートで架橋されていたが、本件側溝が開渠となつていたこと、本件側溝の深さが約九〇センチメートルであつたこと、本件事故現場が、T字型交差点を北から東へ左折した直後の場所にあること及び本件市道と本件側溝の縁との間には特別の段差は設けられておらず、ガードレール、フエンス等の転落防止設備がなかつたことは、当事者間に争いがない。)。

(1) 本件事故現場である本件側溝は、本件市道の北側に設けられており、T字型交差点の東方に存し、本件側溝の西端と南北道路の東端とは約四メートルの距離がある。

本件側溝はコンクリート製であり、その開渠部分は、北側の長さが約一・九メートル、南側の長さが約一・六メートル、幅が約一メートルの台形状であつた。

(2) 本件市道は、歩車道の区別がなく、幅員約二・七メートル(有効幅員約二・三メートル)の舗装された直線の見通しの良い道路である。

本件市道及び南北道路は、主に近隣の住民が利用しており、歩行者、車両の通行量はさほど多くない。平成四年一〇月一五日及び同年一一月一六日の二日間被告松原市の職員によつて行われた本件事故現場における本件市道の午後七時から午後九時までの通行量調査の結果では、東行きが西行きに比べて通行量は若干多いが、二日間を平均すると、東行きでは、歩行者一一・五人、自転車三七・五台、単車一三・五台、軽自動車四・五台、普通自動車一二・五台であり、西行きでは、歩行者四人、自転車二七台、単車四・五台、軽自動車四・五台、普通自動車三台であつた。

(3) 松原市は、もともと、狭山池を水源として利用していた水田地帯であつて、市内全域にわたり農業用用水路が通つており、本件事故現場のように道路と農業用用水路とが接している箇所は、平成三年一月当時、松原市内全域で二三八か所あり、そのうち交差点付近で道路と農業用用水路とが接している箇所は一〇二か所あつた。本件用水路は、右のように松原市内全域にわたつて多数存在する農業用用水路の一つであり、本件市道の北側に沿つて東西に延びており、本件事故現場付近では、本件用水路の北側の民家の通行の便のため、本件用水路上に鉄板やコンクリートなどで架橋し、暗渠となつている部分があつた。

本件用水路の水深は、ため池からの放水時を除けば、晴天時で約二ないし三センチメートル程度であつた。

(4) 本件用水路は、農業用用水路及び生活用用水路として利用されており、農業用用水路としての利用あるいは清掃等のため、用水路を全面的に暗渠化することはできなかつた。

被告松原市は農業用用水路の改修或いは暗渠化を地元の町内会の要望等により対応していたが、本件側溝については暗渠化の要望は本件事故前にはなかつた。また、本件側溝への転落事故は本件事故前にはなかつた。

(三)(1)  右認定のとおり、本件市道を利用するのは主として近隣の住民であるから、これら住民は本件側溝の存在及びその状態を十分知つているものと考えられる。亡Aにおいても、前記認定のとおり、平成二年九月ころから、朝と夜の二回本件事故現場を通るほぼ決まつたコースで飼い犬の散歩をさせていたから、本件側溝の存在及びその状態を知悉していたものと推認される。

(2)  本件事故発生当時、本件事故現場に照明設備がなかつたことは前記のとおりであるが、本件側溝の西方には街灯があり、また、深夜でない限り近くの人家から漏れてくる明かりもあつたと推認され、前記認定のとおり主として近隣の住民が利用し、かつ、夜間の通行量が少ないという本件市道の利用状況を考慮すると、深夜の暗い状態において道路事情を知らない通行者等があることを予想して本件側溝に転落防止設備を設置する義務があつたとまでいうことは困難である。

(3)  本件側溝に転落防止施設が設置されていればより安全であつたことは明らかであるが、本件市道は、本件事故現場付近において有効幅員約二・三メートルを有し、直線状態で見通しもよかつたから、ことさらに本件側溝の至近距離を通行するなどしない限り、自転車や歩行者が本件側溝に転落する危険性はなかつた。自転車でT字型交差点を北から東に左折する場合であつても、通常の走行をする限りは本件側溝に転落する危険性はなかつたと認められる。

(四)  本件において亡Aが本件側溝に転落した直接の原因は不明であるが、右に認定した本件用水路及び本件市道の構造、用法、場所的環境、利用状況等本件に現れた諸般の事情を総合考慮するならば、本件用水路及び本件市道が通常有すべき安全性を欠いていたと認めることはできない。

三  結論

よつて、原告らの本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 妹尾圭策 新井慶有 園原敏彦)

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